2.4~10日記

2.4月

朝から普通に労働。特筆すべきことはなし。それが嫌だというわけではないけれど、労働はルーティンなので退屈といえば退屈。わたしは週3回しか働いてないけど、これを週5,6で入っている同僚たちには本当に頭があがらない。えらい。尊い。御年70歳のじいじも週6で働いている。そろそろ身体がきついらしく、暇なときはソファーで休んでもらうようにしているが、そら70歳の肉体で毎日8時間の立ち仕事はそらきつかろう。わたしでもきついし。日本人は働き者やなあとしみじみ思う。終わって家でIKAZUGOKEの新曲ラップの歌詞を覚えるべく練習。入院して以降の地味な実感なのだけど、わたし、前より舌が回らなくなっている、確実に回らなくなっている。これは入院生活でずっと誰とも喋らない生活をしていて脳と舌がやられたせいか、それとも手術のときの全身麻酔の後遺症的なもの? がもしあるんやとすればそれなのか。謎。しかし困った。

 

2.5火

朝から霞ヶ関東京地裁。今日は病院なので虎ノ門にいくので、あいた時間に午前中だけ趣味の裁判傍聴へ。放火の事件の裁判。池袋のマンション一室が全焼した放火事件なのだけど、被告人はここに住んでいた49歳のゲーム関係の会社役員の男性。タイ人妻ともう1か月くらいずっと喧嘩しており、その日も喧嘩後、怒りを鎮めるべく風呂に1時間以上籠城していたところ、心配した妻が向かいのコンビニへ駆け込み、警察がやってきてしまい、男性は更に怒り心頭。玄関にあった靴や傘を投げたり台所の電子レンジを投げるなどをしたのち、威嚇のために近くにあった妻が大事にしていたクッションに火をつけたところたちまち燃え広がり、部屋中火の海に。動揺したところ警察が家に入ってきて現行犯逮捕されたらしい。こんなちっさな放火の事件なのに消防車19台がかけつける事態だったそうで、なんか火事ってそうらしいね、小規模のボヤでもこれくらいかけつけるものらしい。幸い被告人宅だけが全焼して隣の部屋もちょっと煙が入ったくらいで、マンション自体は無事だったらしく、管理人さんには700万の損害賠償金を支払って謝罪して話がついてて、あと500円分のクオカードとお詫びの手紙をマンションの全住人に書いて渡したりしたらしく、被告人も特別サイコパスな感じもしなかったけど、夫婦喧嘩ってこんなことになるなんて、怖いな~と思いました。午前中で裁判所を抜けて、郵便局で一件北村直販の発送をして午後から病院。3時間待って、検査して診察してエコーしてお注射して、お薬貰って帰宅の頃にはもうすっかり日が暮れていた。夜は読書。『82年生まれ、キム・ジヨン』読了。

 

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

 

わたしは子持ちでもなければ韓国人でもないから共感とかは特にないけど、いい本だった。30代、同世代の女性が子を持ち、働き、生きて行く上で目の当たりにした現代のしんどい女性問題あれこれなんだけど、フェミニズム気取りな方向性ではないところから女性の生きづらさを綴っていて、とても読みやすかった。ママ虫って言葉があっちの国にはあるんだって。あっちの女性にとっては侮辱の言葉みたいなんだけど、ママ虫って日本語の語感で読むとちょっとかわいいし、別に悪い意味はなさそうに思っちゃうね。 

 

2.6水

雨。東中野で文筆家女優のM下Kさんとその息子くんと先輩ミュージシャンMTと4人でおランチ会。息子くんはまだ2歳なので座敷のある店がいいということでソナムという韓国料理屋さんに集合し、ビビンバを食べながら平日の昼下がり優雅にごはんを食べた。まだ2カ月くらいの頃に会って以来だったので、息子くんすっかり大きくなっていた。大人しくてお目目がくりくりでほっぺがぷっくりしててとってもかわいい。まだあんまりおしゃべりはしないんだけど、じっと大人達を静かに観察していて、わたしこのくらいの子どもちゃんと接するといつも脅威を感じる。まだちいさいけどきっと頭は聡明、腹の中では色々感じていて、このババア頭悪いな~とか思われてるんちゃうかと思うとおそろしくないですか? かしこそうな子ほどこわい。時々お会いするMTの息子くんももう小6なんやけどたいへんかしこい少年なのでいつもびびる。ごはんを食べながら、MTとKさんはマッコリも飲みながら、たわいもないはなしを2時間ほどしてたのしいひととき。息子くんがうんちをもよおしてきたので解散に。MTとふたりで新宿に出て、ベルクでコーヒー飲もうと思ったら店内でU波さんにばったり会い、しばし3人でおしゃべり。本の話や映画の話や音楽の話やお金の話をした。高島屋に御座候を買いに行くというMTと別れてわたしは池袋へ。夜はミュージカルのミーチングで池袋のこせりというカレー屋さん。I田さんとA太さんと3人で今年の夏に公演予定のミュージカルの音楽部門について話あった。そう、今年の夏、『二十四の瞳ちゃん』以来3年ぶりに、ミュージカルをやります! どうぞおたのしみに☆ ミーチング帰り、I田さんと駅前のまちおかで14日のIKAZUGOKEワンマンで配るお菓子を買って帰った。

 

2.7木

朝から普通に労働。特筆すべきことはなし。帰るとポストに『文學界』が届いていた。そう、今号の文學界、わたしは恐れ多くも西村賢太さんの新刊『羅針盤は壊れても』の書評を書かせていただいております。入院中、豚小屋のような病室のベッドの上で一生懸命書きました。拙いですが、よかったら読んでください。そしてなんと今号の文學界、なんと川上未映子さんの待望の新作大長編『夏物語』が載っている! 前編だけで500枚! すごい大作! 今から読むのがたいへんたのしみ。夜、マネージャーMッキーとちょっととあることで長電話をした。それから明日のライブでやる曲を考えて、ちょっとコントのセリフ覚えをやって寝た。

 

2.8金

朝からひとりでラップの練習をしながら洗濯を干し、お風呂に入り、それから今日はまる2か月ぶりのライブなのでピアノの練習練習練習。夕方家を出て高円寺へ。駅で店主T口さんとばったり会う。ちょっと早かったのでわたしはその前に名曲喫茶ネルケンへ。入ってもしばらくママさんが出てこなくって、10分くらいかけてすみません~と10回くらいゆってやっと出てきてくれた。まあそういうこともあるよね。ネルケンのお気に入りの席。ライブ前、ひとりコンセントレーションするこの時間は結構大事。1時間くらいして店を出ていざ円盤へ。円盤のピアノを触るのは11月以来だから3か月ぶり。しばし店主T口さんとおしゃべりして、リハをして、一旦控室。8時になって開演。いつも通りに1時間たっぷり歌った。いつも通りだけど、このいつも通りのことが出来ない苦しみというのを入院生活をしていてしみじみ実感したので、こうやって歌えること、歌わしてくれる場所があること、そして聞いてくださる人がいることは本当に奇跡みたいなことが重なって成り立っているんやで、と自分に言い聞かせながら歌った。終わったあとのトークコーナーでは入院の豚小屋地獄話を中心に、あとここには書けないけど入院から派生したたいへん悲しい、ん? 悲しい? というより悔しい? 腹だたしい? 出来事について喋った。いや~入院して、人の温かさにもたくさん触れたけれど、おなじくらい世知辛さも噛みしめたのでした。終わって、お客さまから快気祝いと称してお菓子や果物やパンなどいただいた。ありがたい。抱きしめて帰宅。

 

2.9土

しとしと雪。家の中が極寒でこたつ&石油ストーブフル稼働で過ごす。こんな雪の日に、上の階の斜め上の部屋のお子さま連れの一家が引っ越して行った。まだ小学校低学年くらいの女の子がいる家族だったのだけど、よく階段でグミチョコパインあそびをしていて可愛かったし、若いおかあさんもたいへん感じがよく、わたしが緊急入院でゴミが出せなくなったとき、ゴミの日までゴミをあずかってくれたことがあった。別に仲良かったほどじゃないけど、いなくなっちゃうと思うとなんか淋しい。昼から電車で原宿へ。今日は友人K純ちゃん宅に遊びに行くのである。K純ちゃんは素晴らしい映画監督で大好きで、わたしが足立区に引っ越してくる前初台に住んでいたとき、ご近所さんでよく遊んでいた。K純ちゃんには子どもがふたりいて、長女ちゃんを何時間かおうちであずからしてもらったりもしていた仲で、しかしわたしが足立区に引っ越してからは全然あっていなくてとてもひさしぶり。それとわたしの高校の同級生Mちゃんが偶然K純ちゃんとママ友になっていて、おまけにこれまた偶然にもMちゃんの旦那さんはこないだわたしが出演させていただいていた映画のスタッフさんやって、そんなこんなの縁で、3人であそぼうとなり、しかしK純ちゃんには子どもちゃんがふたり、Mちゃんには子どもちゃんが3人もいるので、お外に出かけるのはたいへんなのでK純ちゃんちに集まることに。ひさしぶりの再会をよろこび、雪の日の土曜日午後、たのしく過ごした。K純ちゃんちは色とりどりのかわいいものが夢のようにたくさん詰まった家全部が大きな子ども部屋って感じで、これは子どもちゃんたち毎日しあわせやろうな~。Mちゃん一家が到着するまでしばらく娘ちゃんふたり(超絶美人姉妹)とあそんだのだけど、子どもたちは本当に元気に走り回るのでおばさん一瞬でバテた。MちゃんとMちゃんのお子ちゃんたちがやってくると、子どもたちは子どもたちだけで仲良くあそびだしたので、大人3人でまったりおしゃべり。ふたりとも本当にすごくしっかりしたお母さんをしていて、本当にすごいとしかいいようがない。子どもの成長や学校のことなど、悩みもたくさんあるようんだけど、すばらしく立派にお母さんしていて、わたしなんかとは暮らしぶりから何から全部違う、おなじ人間と思えないような尊さだった。子どもたちは家の中で鉄棒をしたり(家の中に鉄棒があるんです)、おかあさんごっこをしたり、会社ごっこをしたり楽し気。いちばん小さいMちゃんの末っ子ちゃん(2歳)はひとりで洗濯ばさみを一個ずつ鉄棒につけていく作業を一生懸命していて可愛かった。子どもってやっぱりかわいいしおもしろいな~と思うけど、それどころじゃないたいへんなことが死ぬほど山盛りあってのそれだから、わたしは到底無理であろう。という前にわたしは身体的にたぶん無理。だからこうやって友達のお子ちゃんたちと触れ合える時間は貴重やなあと思った。19時くらいにMちゃんの旦那さんがお迎えに来てお開きに。雪がぱらぱら降る中足立区へ帰った。

 

2.10日

4時起きで朝から労働へ。早朝、布団を出るのも家を出るのも極寒すぎて決死の覚悟が必要。長野にいたときは耐えられたのやけど、東京の寒さはなかなか耐え難い。なんの違いがあるのやろう。まあ気持ちの問題かな。出勤すると入口に酔っ払いが吐いたゲボが落ちていて、朝イチで片づける羽目に。ああ、なんという朝だ。新宿はこれだから困る。世間は3連休の中日ということで、寒いけど天気はよかったから一日忙しかった。帰ってIKAZUGOKEのセリフ覚えとラップの練習とダンスの練習をした。